木曜日, 2月 23, 2012

(出典: ForGIFs.com)

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水曜日, 1月 25, 2012 火曜日, 1月 10, 2012 水曜日, 11月 16, 2011
『それっておかしいでしょ』って放送局の人が指摘したら、その子供は『テレビなんだから、どうだっていいじゃん!』と答えた。その局の人は、非常にショックを受けたということでした。今のテレビが、『子供たちのみならず社会全体からそういう風に見られているのではないか』と思ったということです。『この一言を忘れないようにしたい』と、この担当者の方は答えています」 「テレビだからどうだっていいじゃん」子供に言われてショック 民放連が“メディア・リテラシー”のシンポジウム - BLOGOS編集部 - BLOGOS(ブロゴス) (via soukaku)
月曜日, 11月 14, 2011
169 :名無しさん@十周年:2010/03/23(火) 19:02:08 ID:9vk1gHlL0
なぜ日本にはレディファーストが根付かないかについてゼミで討論した事がある。
例によって女子学生たちは日本男性批判と想像上の外国人紳士崇拝の言辞を並べていたが、
30分ほどで教授(女性)が静かに、だが力強い声で言い放った。

「レディーが絶滅しつつある日本ではレディーファーストを普及させようがありません」
教授は海外で教鞭を執っていた時期が長いが、茶道華道ともに師範の免許を持つ人。
その教授曰く「与えられる平等や優遇をあさましく求めるのは日本女性特有の醜態」
自らレディとならずして、レディ扱いを求めるのは常軌を逸していますと。
女子学生達はその後、ひとことも喋りませんでした。
【調査】 “こんな婚活女性はNG!” 1位「男がおごって当然と思う人」、以下「派手な服やメイク」「きつい香水」「露出高い服」等★2 (via qyen) (via handa)
2010-03-23 (via gkojax-text) (via klaftwerk) (via aki373) (via hkdmz) (via ipodstyle) (via yaruo)
最近、ユーザーインターフェイスをシンプルにしようと選択項目を減らしたり、メガメニューを活用しているサイトが増えてきました。必要最低限の情報を最初に提示して、徐々に情報を掘り出せるような見せ方になっていますが、利用者に高い能動的アクションを要求しているところが欠点です。自分が頭の中に描いている情報と、画面に表示されているキーワードを結びつける作業が発生するだけでなく、隠れている情報がどのキーワードに分類されているかも予測しなければいけません。もちろん、それが出来る人ばかりではないので、闇雲にマウスを移動させる方もいるでしょう。しかし、こうした「とりあえず動かせば、何か欲しいモノに出くわすだろう」という操作の仕方は上級者向けだったりします。 目的とインターフェイスの関係で変わるシンプルの意味 : could (via komatak)

「美しい日本語」って何ですか  四年一組 山口 浩

今朝、朝ご飯を食べていたら、お父さんが、「これを読んでごらん」と言って、新聞を見せてくれました。その新聞には、日本語についての記事が出ていました。その記事には、1960年からアメリカに住んでいる日本人の人が、最近、日本でよく使われている、「らぬき言葉」におどろいた、という話がのっていました。

読み終わって顔を上げたら、お父さんが、「これは何がいいたいのかな」と聞きました。大人の新聞は、むずかしい言葉をたくさん使っていて、よくわか らないところもありましたが、その人は、ずっと日本に住んでいなくて、その間に、日本語が変わってしまったので、びっくりしていたのだ、と思いました。ぼ くがそう答えると、お父さんは、ニヤリ、とわらいました。こういうときのお父さんは、たいてい何かたくらんでいるので、ぼくは、注意しようと思って、「よ くわからないよ」と言いました。

そしたら、お父さんは、「これを書いた人が本当に言いたかったことは何かな」と聞きました。ぼくは、そんなこと、書いた人じゃないからわからない よ、と思いましたが、もう一度読んでみました。それでもよくわかりません。でも、なんとなく、その、外国に住んでいる日本人の人をほめているような感じが しました。それで、ぼくが、「うーん。『美しい日本語』ってあるから、その、外国に住んでいる日本人の人をほめたかったのかなあ」と言ったら、お父さん は、「待ってました」と言いたそうな顔で、人さし指を立てて、「そうそう」と言いました。

そしたら、お父さんは、「じゃあ、『美しい日本語』って何だろう」と聞きました。ぼくは、「お父さんはこれが聞きたかったんだな」と思いました。ら ぬき言葉におどろいたということは、らぬき言葉は「美しい日本語」ではないはずです。きっと昔は、らぬき言葉はなかったのでしょう。それで、ぼくは、「昔 の言葉じゃないかなあ。だって、この人は、昔の日本語しか知らなかったんでしょ?」と言いました。そしたら、お父さんは、「じゃあさ、今の日本語は、美し くないのかな?」と聞きました。

ぼくは、よくわかりませんでした。ぼくたちは、ふだん「らぬき言葉」をふつうに使っています。だから、それが「美しくない」とはあんまり思いませ ん。でも、学校で、先生が、「今はそういうことばをよく使うけど、あらたまったところではあまり使わない方がいいね」と言っていました。あらたまったとこ ろでは、ていねいな言葉を使わなければいけません。たぶん、らぬき言葉はていねいな言葉じゃないから、「美しい日本語」にはならないのでしょう。

それで、ぼくは、「日本語は昔と今でちがうんだね」と言いました。そしたら、お父さんはニヤニヤしながら、「その通り。じゃあ、日本語はいつ変わっ たのかな?」と聞きました。ぼくは、「その、アメリカに行った人は、1960年に行ったって書いてあるから、その後じゃないかな」と言いました。そしたら お父さんは、もっとニヤニヤしながら、「時代げきって見たことある?」と聞きました。

ぼくは、思い出しました。テレビの時代げきは、え戸時代とかの昔の時代をぶ台にしています。そこでは、おさむらいさんとかが、「せっ者は」とか、 「ござる」とかいう言葉を使っていました。でも、1960年にアメリカに行った人は、そういう言葉は使っていなかったでしょう。日本語は、もっとずっと前 から、変わってきたということになります。

ぼくがそう言うと、お父さんはうれしそうに、「わかった?」と言いました。ぼくは、「え戸時代は、『せっ者は』とか言ってたんだよね?そういう人か らみれば、1960年にアメリカに行った人の日本語も、『美しくない日本語」だったのかもしれないね」と言いました。そしたらお父さんは、「そう。そし て、いつの時代も、年寄りたちは、若い人たちの言葉を、悪く言い続けてきたんだ」と言いました。

千年以上前の「まくらの草子」という本も、「日本語が乱れている」となげいているのだそうです。お父さんは、「そんなに昔の言葉が美しくていいな ら、50年前じゃなくて、千年前の日本語に戻ったらいいんだよ」と言って、笑いました。ぼくは、50年前の日本語がそんなに美しいなら、千年前の日本語は どんなに美しいだろうと思って、ちょっと聞いてみたい、と思いました。

そしたら、お父さんは、「まだあるよ」と言いました。らぬき言葉は、実は、大正時代にはもうあったそうです。つまり、1960年にアメリカに行った 人が生まれたころには、もうらぬき言葉を使っている人がいたということになります。ぼくが、「そうか、この人がびっくりしたのは、昔はなかったからじゃな くて、この人が知らなかっただけなんだね」と言ったら、お父さんは、「そういうことになるね」と言いました。

それで、お父さんは、「もちろん、その時その時で、人が『美しい』と思う言葉はあるよね」と言いました。確かに、ぼくも、テレビに出てくるタレント がしゃべっている言葉は、あんまり美しい日本語とは思えません。でも、同じテレビでも、ニュースを読んでいる人がしゃべっている言葉は、美しいかどうかは わかりませんが、ていねいだと思います。ぼくたちも、先生と話す時は、友だちと話す時より、ていねいな言葉を使います。

ぼくが、「言葉は、人によってずいぶんちがうよね」と言ったら、お父さんは、「そうそう。なのにこの新聞では、美しくない日本語はみんな若い人のせ いになってるでしょ」と言いました。見ると、確かに、記事には、「「ら抜け」世代」という言葉が出てきます。どう見ても、若い人たちをさしているようで す。50年前にも、らぬき言葉を使っている人がいたのに。

ぼくは、「昔からあった言葉なのに、若い人たちばかり悪くいわれるのはずるいね」と言いました。そしたら、お父さんは、またニヤリとして、「でも、 ここには、若い人が悪い、とは書いてないよ」と言いました。ぼくは、「でも、これを読んだら、みんなそう思うんじゃないかなあ」と言いました。

そしたらお父さんは、うんうんとうなずきながら、「よくわかったね。そう、そこがこの文章の一番悪いところなんだよ。はっきり書かないで、でも読ん だ人をそう思わせる書き方だね。らぬき言葉がきらいなら、はっきりそう書けばいいのに、そうすると、だれかに文くを言われるかもしれないから、こうやって わかりにくくして、でも読んだ人がそう思うように書いてるんだね。ずるいやり方だと思うよ」と言いました。

ぼくが、「じゃあ、こういう日本語は美しくないのかな」と言ったら、お父さんは、「そうだね。どんな言葉を使うかだけじゃなくて、どういう気持ちで、どんなたい度でその言葉を使うかってことも、「美しい日本語」には大切なんだろうね」と言いました。

ぼくは、とてもよくわかった気がしたので、「じゃあ、ウソをつくのも、美しい日本語じゃないね」と言ったら、お父さんは、「そうだね」と言いまし た。そこで、「だったら、こないだ約束した遊えん地、今度の日曜に行こうよ」と言ったら、お父さんは、「いやーそのー、ちょっと、いろいろと大人の事じょ うが・・・」とか何とか言いながら、向こうに行ってしまいました。ぼくは、大人が美しくない日本語を使うのは、大人の事じょうがあるからなのだな、と思い ました。

H-Yamaguchi.net: 「美しい日本語」って何ですか (via sesuna)

shinoddddd reblogged fishandmush:

(via tataraseitetsu) 2011-10-29 (via gkojax-text)

(出典: tamoot)

金曜日, 11月 11, 2011
pinto:

No fucks given

pinto:

No fucks given

(出典: sirmitchell)

 ダライ・ラマが大方の予想通り「脱原発」発言をしていれば、報じるメディアも多かったはずだ。そうならなかったのは、ダライ・ラマのこの発言が日本メディアの予想する「ダライ・ラマ=環境保護・人権重視=反原発」というコンテクストから大きく外れたものだったからではないか。「公式」にあてはまらなくなると、彼らはとたんに思考と行動を止めてしまう(森達也監督の「A2」で描かれた通り、オウム真理教信者と教団施設周辺住民の交流を報じなかったことがその最たる例だ)。

 ダライ・ラマより、日本メディアの相変わらずの保守性の方がずっと深刻かもしれない。

ダライ・ラマと日本メディアの「保守性」 | From the Newsroom | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (via twinleaves)

(出典: ittm)